「先生、毎日歯磨きをしているのに、なんで歯石がつくんでしょうか?」
こう聞いてくださる患者さんは、本当に多いです。
まじめに歯を磨いているのに歯石がつく。
どうしてなのかと、不思議に思うのは当然です。
私は横浜市でクリニックを営んでいる歯科医師の佐藤佳織と申します。
予防歯科と歯周病を専門とし、40代以上の患者さんの口腔ケアに長く携わってきました。
2012年からはWebでも口腔ケアの情報をお伝えしており、今回は「歯石と歯磨きの関係」について、診療現場での経験も交えながらお話しします。
まずお伝えしたいのは、「歯石になってしまったら、歯磨きでは落とせない」という事実です。
ただ、歯磨きが「歯石の予防」に欠かせないのも事実で、この2つを混同されている方がとても多いんです。
歯石を放置することで起きる歯ぐきのトラブルについても、しっかりお話しします。
歯石はどうやってできるの?
歯垢が歯石に変わるまで
歯石の話をするには、まず「歯垢(プラーク)」から始める必要があります。
食事をすると、歯の表面に薄いタンパク質の膜(ペリクル)が形成されます。
そこに口の中の細菌が付着し、増殖してできたものがプラーク(歯垢)です。
白っぽくやわらかく、食後数時間で形成されます。
この段階では、ていねいな歯磨きで落とせます。
問題はここからです。
プラークを落とし切れないでいると、唾液の中のカルシウムやリンと結びついて、少しずつ硬くなっていきます。
これが「石灰化」です。
早ければ24時間後には石灰化が始まり、72時間も経てばかなりしっかりした歯石になります。
こうして固まったものが「歯石」です。
石のように硬くなってしまうと、もう歯ブラシの毛先では崩せません。
歯石がたまりやすい場所には、少し特徴があります。
下の前歯の裏側(舌側)や、上の奥歯の外側(ほっぺた側)は、だ液腺の開口部に近く、だ液の流れが多い場所です。
だ液の中のカルシウムやリンが豊富に供給されるため、石灰化が起きやすい。
患者さんの口を診ていると、やはりこうした場所に歯石が集中していることがよくあります。
歯石には「見える歯石」と「隠れた歯石」がある
歯石には大きく2種類あります。
ひとつは歯肉縁上歯石で、歯ぐきより上、目で見える部分についた歯石です。
黄白色や灰白色のものが多く、「歯が黄色っぽくなってきた気がする」という感覚の原因のひとつです。
唾液の成分が石灰化したもので、比較的やわらかく、歯科での除去もしやすいほうです。
もうひとつは歯肉縁下歯石で、歯ぐきの下、歯周ポケット(歯と歯ぐきの間の溝)の中に隠れています。
黒っぽい色をしているのが特徴で、歯周病菌が持つ黒い色素と、歯ぐきの出血に含まれる血液中の鉄分が混じり込んでいるためです。
縁下歯石は非常に硬く、歯ぐきに密着しています。
目で見えない場所にあるため、患者さんが気づくことはほとんどありません。
「黒い歯石がありますよ」とお伝えすると、「えっ、そんなの気づきませんでした」と驚かれる場面が、本当によくあります。
歯磨きで歯石は取れるのか?
結論:歯石になったら歯ブラシでは落とせない
はっきり申し上げます。
一度石灰化して固まった歯石は、歯ブラシでは落とせません。
「力を入れてゴシゴシ磨いたら取れそう」という気持ちはわかります。
でも歯石は岩に近い硬さで、歯ブラシの毛先が届いても削り落とせるものではないんです。
「歯石がポロッと取れた気がした」とおっしゃる方もいます。
これは、形成されたばかりでまだやわらかい段階のものが外れることがあるからです。
また、歯ぐきが腫れていて歯石との間にすき間ができていた場合に、自然に脱落することもあります。
ただしこれは、「根元から除去された」のではなく「表面が剥がれた」に近い状態です。
歯石の除去には、歯科医院での専門的な処置(スケーリング)が必要です。
歯磨きが「歯石予防」に欠かせない理由
では、歯磨きに意味がないかというと、全く違います。
「歯石を取ることはできなくても、歯石にさせないことはできる」。
これが正しい歯磨きの位置づけです。
歯石はプラークが石灰化してできます。
プラークを毎日きちんと落とせていれば、歯石になりません。
歯磨きは「プラークコントロール」のためにあるのです。
ただし、「毎日磨いているから大丈夫」は油断のもとです。
磨けていない場所があれば、そこにプラークが残り続けます。
特に磨き残しが出やすいのは、歯と歯ぐきの境目(歯頚部)や歯と歯の間です。
クリニックで染め出し液を使って確認すると、長年磨いてきたはずなのに「ここだけずっと残っていた」という場所が見つかることがよくあります。
習慣的な磨き方のクセで、特定の場所だけ抜け落ちていたりするんです。
歯石を放置するとどうなる?
歯肉炎から歯周炎へ
歯石の表面はザラザラしています。
そのため細菌が付着しやすく、プラークもたまりやすい。
これが歯ぐきの炎症の引き金になります。
最初に起きるのが「歯肉炎」です。
歯ぐきが赤くなって腫れ、歯ブラシを当てると血が出るようになります。
「血が出るのは磨きすぎているから?」と思って、歯ぐきを避けて磨くようになってしまう方がいます。
でもそれは逆効果で、磨けていない部分にプラークが残り、炎症がさらに悪化します。
出血は、歯ぐきが炎症を起こしているサインです。
歯肉炎の段階では、歯を支える骨(歯槽骨)への影響はまだありません。
ここでしっかりケアして歯石を除去すれば、歯ぐきは回復できます。
ひとつ印象に残っているのは、「最近、歯磨きのときに血が出るようになった」と相談に来られた50代の患者さんのことです。
「痛くないし、すぐ止まるから気にしていなかった」とおっしゃっていましたが、検査をするとすでに中等度の歯周炎が進行していました。
口の中に痛みがないと、なかなか自分では気づけないものです。
「もっと早く来てくれていれば」と思う場面が、正直少なくありません。
放置していると「歯周炎」へと進行します。
炎症が歯ぐきの内側へ深く入り込み、歯槽骨にまで届くようになります。
骨が少しずつ溶け始めるのです。
骨まで溶ける重度歯周炎
歯周炎は段階的に進みます。
中等度になると、歯を支える骨が顎の骨の厚みの約半分まで溶けます。
歯周ポケットがどんどん深くなり、歯がグラグラしてきます。
硬いものが食べにくくなり、口臭も強くなります。
重度になると、出血だけでなく膿が出ることもあります。
歯が大きく揺れるようになり、最終的には抜歯が必要になることがあります。
日本歯周病学会が監修するペリオブックでも「歯周病は進行する病気」と明記されており、自覚症状なく進行する病気だと説明されています。
「痛くないから大丈夫」と思っていると、気づいたときにはかなり進行していた、というケースを診療室で何度も見てきました。
口の中だけの問題じゃない
歯石・歯周病というと「歯だけの問題」と思いがちです。
でも実は、全身の健康とも深く結びついています。
日本歯科医師会も「歯周病と全身との関わり」として公式に情報を発信しています。
特に知られているのが、糖尿病との相互関係です。
糖尿病があると歯周病が悪化しやすく、逆に歯周病があると血糖コントロールが難しくなります。
両者が互いに悪化させ合う関係にあるのです。
心臓病との関係も報告されています。
歯周病菌が血流に乗って全身に広がり、動脈硬化や心内膜炎のリスクを高めます。
妊娠中の方では、早産や低体重児出産とのつながりも指摘されています。
最近では、認知症との関連を示す研究も増えています。
歯周病が持続的な全身の炎症を引き起こし、それが脳の健康に影響する可能性が指摘されています。
「歯の問題が心臓や血糖に影響するの?」と驚かれることがありますが、口腔は全身の入り口です。
口の中の環境は、体全体の健康と切り離せないものなんです。
歯科でのスケーリング(歯石除去)について
保険でできる歯石除去
「歯石を取りたいけど、費用が気になる」という方も多いと思います。
歯周病や歯肉炎の診断がある場合、スケーリング(歯石除去)は健康保険が適用されます。
費用の目安は以下の通りです。
| 診療区分 | 費用の目安(3割負担) |
|---|---|
| 初診(検査・歯石除去込み) | 3,000〜4,000円程度 |
| 2回目以降 | 1,500〜2,500円程度 |
| 自費クリーニング(PMTC) | 5,000〜30,000円程度 |
スケーリングでは、超音波スケーラーや手用スケーラーという専用の器具を使って歯石を丁寧に取り除きます。
歯周ポケットの奥にある縁下歯石は一度では取りきれないこともあり、数回に分けて処置を行うこともあります。
「自分に歯周病があるのかわからない」という方でも、まず歯科を受診して検診を受ければ、現状を確認してもらえます。
どれくらいの頻度で通えばいい?
「歯石を取ってもらったら、しばらく来なくていいかな」と思う方もいます。
でも、口の中は毎日プラークが付き続けます。
一般的な推奨は3〜6ヶ月に1回のメンテナンスです。
- 歯石がたまりやすい方、歯周病のリスクが高い方、喫煙している方 → 3ヶ月ごと
- 日頃のケアが十分で歯ぐきの状態が安定している方 → 6ヶ月ごと
定期的に通うことで、自宅での歯磨きでは落とせない汚れを除去できます。
歯石のたまり具合をチェックしてもらいながら、自分の口に合ったブラッシング方法のアドバイスも得られます。
クリニックでは「次は○ヶ月後に来てくださいね」とお伝えするようにしています。
患者さんの状態に合わせた頻度で通っていただくのが一番です。
自宅でできる歯石予防のポイント
正しいブラッシングの基本
「正しい歯磨き」というと難しく感じるかもしれませんが、まず意識してほしいのは「場所」です。
磨き残しが出やすい場所はここです。
- 歯と歯ぐきの境目(歯頚部)
- 歯の裏側(特に下の前歯の裏)
- 奥歯の後ろ側
- 歯と歯の間
歯ブラシの毛先を歯と歯ぐきの境目に45度の角度で当て、小さく動かします。
鏡を見ながら磨くと、自分がどこを磨けていないか確認しやすくなります。
手磨きと電動歯ブラシのどちらが良いかとよく聞かれますが、正しく使えるならどちらでも十分です。
大切なのは道具よりも、磨けていない場所を把握する意識です。
時間は2〜3分を目安にし、テレビを見ながら「ながら磨き」をするのではなく、集中してやるのが理想です。
歯磨き粉をつけてすぐに大量の水でゆすぐ方がいますが、それだとフッ素が流れてしまいます。
磨き終わったら少量の水で軽く1回ゆすぐ程度にとどめると、歯の強化に効果的です。
フロスと歯間ブラシを日常に
歯ブラシだけでのプラーク除去率は約58〜61%と言われています。
フロスを加えると約79〜86%まで上がります。
歯と歯の間こそ、歯石がたまりやすい場所です。
フロスや歯間ブラシを毎日の習慣に加えるだけで、歯石予防の効果はかなり変わります。
フロスと歯間ブラシの使い分けの目安は次の通りです。
| ツール | 向いている状況 |
|---|---|
| デンタルフロス | 歯と歯の間が密接している方・前歯のケア |
| 歯間ブラシ | 歯と歯の間にすき間がある方・奥歯のケア・歯ぐきが下がっている方 |
使う順番は「フロス・歯間ブラシ → 歯ブラシ」がおすすめです。
先に歯間を掃除してからブラッシングすると、より効率よくプラークを落とせます。
歯間ブラシはサイズが合っていないと歯ぐきを傷つけてしまいます。
最初は歯科衛生士に確認してもらうのが確実です。
まとめ
今回の内容を整理します。
- 歯石とは、プラーク(歯垢)が石灰化して固まったもの。歯磨きでは落とせない
- 歯磨きは「歯石を作らないため」のもの。毎日のプラークコントロールが大切
- 歯石を放置すると、歯肉炎から歯周炎へ進行し、最悪の場合は歯を失う
- 歯周病は糖尿病・心臓病など全身疾患とも深く関わっている
- 歯石の除去には歯科でのスケーリングが必要。保険適用になる場合も多い
- 3〜6ヶ月に1回の定期メンテナンスを習慣にすることが大切
「歯は老後の資産」という言葉があります。
自分の歯で食事を楽しみ続けるためには、今のうちから歯ぐきを守ることが大切です。
歯に少しでも気になることがあれば、ぜひかかりつけの歯科医院に相談してみてください。
定期的にプロの目で見てもらう習慣が、口腔の健康を長く守ってくれます。


