「毎日、朝晩きちんと歯磨きをしています」
定期検診にいらっしゃる患者さんの多くは、そうおっしゃいます。
しかし、歯科衛生士(DH)や歯科医師である私たちが、心の中で「この方は、本当にプロ級のホームケアをされているな」と感心し、思わずお褒めの言葉が出る患者さんには、ある共通点があります。
それは、単に「磨いている時間の長さ」や「歯ブラシの強さ」ではありません。
この記事では、予防歯科と歯周病の専門医として20年以上のキャリアを持つ私、佐藤佳織が、日々の診療現場でDHたちが本当にチェックしている、ホームケアの「隠れたポイント」を本音で解説します。
この記事を読んでいただければ、「頑張って磨いているのに、なぜかいつも注意される」という長年の疑問が解消され、あなたのお口のケアが、プロの基準で見て一歩も二歩も向上することをお約束します。
歯を「老後の資産」として守っていくために、プロの視点をぜひ身につけてください。
目次
歯科衛生士が思わず「すごい!」と唸るホームケアの基本
私たちが患者さんを診るとき、まず目を向けるのは、歯ブラシが届きにくい「死角」の部分です。
そこに汚れ(プラーク)がないということは、その患者さんが、歯ブラシ以外の道具を「正しく、継続的に」使えている何よりの証拠だからです。
歯ブラシだけでは絶対に届かない「9割の差」:歯間清掃の徹底
「歯磨きは毎日欠かさない」という方が、定期検診で指摘を受ける最大の原因。
それは、歯と歯の間、そして歯周ポケットの汚れが残っていることです。
実は、一般的な歯ブラシによるブラッシングで除去できる汚れは、全体の約60%程度に過ぎません。
残りの40%をどうケアしているか、ここにプロの目線で見て「褒められる人」と「そうでない人」の決定的な違いがあります。
歯間清掃アイテムを「習慣」にしているか
私たちが感心するのは、歯間ブラシやデンタルフロスの使用率の高さではありません。
重要なのは、それらの道具を「自分の歯列の状態に合わせて使い分け、毎日欠かさず実践している」という揺るぎない習慣です。
- デンタルフロス: 歯と歯が接している部分(コンタクトポイント)の汚れや、歯肉縁下のプラーク除去に最適です。
- 歯間ブラシ: 歯肉が下がり、歯と歯の間に隙間ができ始めた方(特に40代以降)にとって、最も強力な清掃アイテムとなります。サイズ選びが非常に重要です。
あるベテランDHは、こんなことを言っていました。
「本当にきれいにされている方は、歯間ブラシで磨いた後のカスすら出ないんですよ」
これは、歯間ブラシを使う前にデンタルフロスで全体の汚れを落とし、最後に歯間ブラシで仕上げをするなど、段階的な工夫をされている証拠です。
歯周病は、歯と歯の間から始まることが非常に多いため、この歯間清掃への意識の高さが、口腔ケアの総合的な評価を決めていると言っても過言ではありません。
磨き残しゼロより重要!「歯茎との境目」への意識
私たちがホームケアの成功を判断するもう一つの大きなポイントは、「歯と歯茎の境目」の状態です。
この境目、特に歯周ポケット付近のプラークは、歯周病菌の温床となります。
この部分に炎症(赤みや腫れ)がなく、引き締まってピンク色をしている患者さんを見ると、「この方は、歯周病予防のツボを心得ていらっしゃるな」と感じます。
これは、単に力を入れて磨いているのではなく、「毛先を優しく、しかし確実に歯周ポケットへ導く」ブラッシング技術が身についていることを意味します。
私のクリニックで、長年歯周病の進行が止まっている50代の女性患者さんがいます。
彼女は、鏡を見ながら、歯ブラシの毛先が歯茎の溝に「少しだけ」入る感覚をいつも意識しているそうです。
この「少しだけ入る」という絶妙な力加減と角度こそが、歯周病予防の極意であり、歯科医療のプロが唸る技術なのです。
「口の健康資産」を減らす二つの無意識の悪癖
定期検診の目的は、単に歯のクリーニングをするだけではありません。
私たちは、患者さんご自身では気づいていない、無意識の「癖」からお口の健康を蝕むリスクを見つけ出すことも重要な仕事だと考えています。
特に40代以降の患者さんで、歯や顎に大きな負担をかけている二つの悪癖は、私たちプロが必ずチェックしているポイントです。
定期検診でプロが必ずチェックする「TCH(歯列接触癖)」
歯科医師として私が特に注目しているのは、「TCH(Tooth Contacting Habit: 上下歯列接触癖)」です。
これは、食事や会話などの必要な時以外で、無意識に上下の歯を軽く接触させてしまう癖のことです。
リラックスしている時、本来は上下の歯の間に2〜3mmのすき間(安静空隙)があるのが正常な状態です。
しかし、ストレスや集中によって、多くの方が無意識に歯を「カチッと」接触させています。
TCHがもたらす深刻な影響
TCHが長時間続くと、歯や歯茎に継続的な圧力がかかり続けます。
これが、知覚過敏の悪化、詰め物の脱落、原因不明の歯の痛み、そして顎関節症の一因となることが分かっています。
- 顎関節の負担: 顎のだるさや痛み、開口障害の原因となる。
- 歯周病の進行: 歯周組織が常に圧迫されるため、歯周病の進行を早めてしまう。
「患者さんの人生を診なさい」という恩師の言葉を胸に、私は患者さんの生活背景までヒアリングします。
在宅ワークが増え、パソコンに集中している間TCHが強まり、顎の不調を訴える方が近年増加していることを実感しています。
鏡でご自身の表情をチェックしてみてください。
もし、集中している時に口が「い」の形になり、上下の歯が触れ合っていたら、それは要注意のサインです。
多くの人が見逃す「お口の乾燥」への対策
シニア層の口腔ケアを専門とする者として、見過ごせないのが「口腔乾燥症(ドライマウス)」の問題です。
唾液には、食べ物の消化を助けるだけでなく、口腔内を洗い流す「自浄作用」や、虫歯や歯周病菌の増殖を抑える「抗菌作用」など、非常に重要な役割があります。
唾液の量が減ると、当然ながら虫歯や歯周病のリスクが急増します。
ドライマウスの背後に潜むリスク
私たちが特に心配するのは、ドライマウスが単なる口の中の不調で終わらないことです。
加齢だけでなく、ストレス、多くの薬の副作用、そして糖尿病や腎不全といった全身疾患のサインであることも少なくありません。
また、唾液による潤滑作用が低下すると、食べ物が飲み込みにくい「嚥下困難感」につながり、ひいては誤嚥性肺炎のリスクを高める原因となります。
歯科衛生士が感心するのは、唾液腺マッサージなどの具体的な「潤い対策」を日々のルーティンに取り入れている患者さんです。
プロのアドバイスを素直に実践し、自分の口の中の環境を「整える」努力をされている姿勢こそが、「老後の資産」としての歯を守る鍵となるのです。
究極のホスピタリティ:定期検診を「活用」する患者さん
最後に、技術的なホームケア以上に、私たち医療従事者が心から「素晴らしい」と感じる、患者さんの「姿勢」についてお話しします。
専門家の「言葉」に耳を傾け、実践する素直さ
定期検診では、誰しも少なからず磨き残しや改善点を指摘されます。
その時、「毎日頑張っているのに」と意固地になるのではなく、「プロの視点から見て、自分の何が不足していたのか」と素直に受け止められる患者さんを、私たちは心から尊敬します。
次回ご来院された際、前回指摘したポイントが明らかに改善されていると、私たちも「この患者さんの健康を守るために、もっと深く関わりたい」と、モチベーションが上がります。
私たちの知識と技術は、患者さんがそれを実践してくださって初めて、真の価値を生み出すからです。
担当DHとの「信頼関係」を築けているか
私自身のクリニックでも強く感じていますが、ホームケアが成功している患者さんの多くは、決まった歯科衛生士が担当しています。
一人のDHが継続して診ることで、その方の歯周ポケットの深さ、歯磨きの癖、生活習慣の変化、そして何より「人柄や頑張り」を深く理解できます。
この信頼関係があるからこそ、DHも患者さんも、より細かく、より深いレベルでのケアに挑戦できるのです。
定期検診とは、単なる「お掃除」ではなく、あなたと私たちプロフェッショナルが、あなたの健康の未来を共にデザインしていく時間だと考えてください。
まとめ:歯は人生を豊かにする「老後の資産」
この記事でご紹介した、歯科医療のプロが感心するポイントをもう一度振り返ってみましょう。
- ✅ 歯間清掃の徹底: 歯ブラシ以外の道具(フロス、歯間ブラシ)を習慣化し、歯間部のプラークを完全に除去している。
- ✅ 歯茎の境目への意識: 優しい力で、歯周ポケットを意識したブラッシング技術が身についている。
- ✅ TCHの自覚と対策: 無意識の歯の接触癖(TCH)を自覚し、改善に取り組んでいる。
- ✅ 口腔乾燥への配慮: ドライマウスのリスクを理解し、唾液腺マッサージなどで積極的に唾液量を増やそうと努力している。
- ✅ プロのアドバイスの実践: 専門家の指摘を素直に受け入れ、次回の検診までに改善しようという姿勢がある。
「歯は“老後の資産”。いかに早くから気づけるかが、未来を変える鍵になる」
これは私のオーラルヘルスへのスタンスです。
あなたの歯は、健康で豊かな未来を支えるかけがえのない財産です。
今日から一つでも良いので、この記事で紹介した「プロが唸る」ポイントを取り入れ、次の定期検診で歯科衛生士から「本当に手入れが行き届いていますね!」と笑顔で褒められる体験をしてください。
あなたの口腔ケアへの意識が変われば、きっと未来のお口の健康は変わります。



