「先生が言っていた『シーアール』って、一体何のことだろう…?」
「歯周ポケットの検査をしますね、と言われたけれど、何をされているのかよく分からなかった…」
歯科医院の診察室で、こんな風に少し不安に感じた経験はありませんか。
専門用語が飛び交うと、自分の体のことなのに、どこか他人事のように感じてしまいますよね。
そのお気持ち、毎日患者さんと接している私もよく分かります。
この記事を最後まで読んでいただければ、歯科医院でよく使われる基本的な専門用語の意味がすっきりと分かり、ご自身の治療についてもっと深く理解できるようになります。
言葉の意味が分かると、治療への不安が和らぎ、前向きな気持ちでご自身の歯の健康と向き合えるはずです。
こんにちは。
歯科医師の佐藤 佳織(さとう かおり)と申します。
横浜でクリニックを開業し、日々多くの患者さんのお口の健康に携わっています。
私のクリニックでは、患者さん向けのニュースレターを発行しているのですが、それがきっかけで「もっと多くの人に歯の大切さを伝えたい」という思いが強くなり、Webメディアでも情報を発信するようになりました。
この記事では、私が日々の診療で患者さんによくご質問いただく用語を中心に、できるだけ分かりやすく、丁寧にお話ししていきますね。
目次
まずは基本から!虫歯治療でよく聞く言葉
誰にとっても一番身近な歯のトラブルといえば、やはり「虫歯」ではないでしょうか。
ここでは、虫歯治療の際によく耳にする基本的な言葉から解説していきます。
C1, C2, C3, C4って何?虫歯の進行度を表すサイン
「〇〇さんの歯は、シーツーですね」
こんな風に、先生がアルファベットと数字の組み合わせを口にするのを聞いたことはありませんか。
これは虫歯の進行度を表す記号で、「C」は虫歯を意味する英語「Caries(カリエス)」の頭文字です。
数字が大きくなるほど、虫歯が深く進行していることを示しています。
- C1(シーワン):歯の表面にあるエナメル質が溶け始めた、ごく初期の虫歯です。痛みなどの自覚症状はほとんどありません。
- C2(シーツー):虫歯がエナメル質の下にある象牙質(ぞうげしつ)まで達した状態です。冷たいものや甘いものがしみることがあります。
- C3(シースリー):虫歯が歯の神経(歯髄:しずい)まで達してしまいました。何もしなくてもズキズキと激しく痛むことが多く、神経を取る治療が必要になる可能性が高いです。
- C4(シーフォー):歯の頭の部分(歯冠:しかん)がほとんど溶けてなくなり、根っこだけが残った状態です。ここまで進行すると、歯を残すことが難しく、抜歯となるケースが多くなります。
ご自身の歯がどの段階にあるのかを知ることは、治療への理解を深める第一歩になりますよ。
CR(シーアール)って何の略?白い詰め物の正体
「では、ここにCRを詰めておきますね」
CRとは「コンポジットレジン」という、歯科用の白いプラスチックのことです。
虫歯を削った部分に、このペースト状のCRを直接詰めて、特殊な光を当てて固めます。
比較的小さな虫歯の治療で使われることが多く、保険適用で治療できるのが特徴です。
治療も1日で終わることがほとんどで、見た目もご自身の歯の色に近いため、銀歯に抵抗がある方にも喜ばれています。
私のクリニックでも、患者さんから「治療したところがどこか分からないくらい自然ですね」と嬉しいお言葉をいただくことが多い治療法です。
インレー、アンレー、クラウンの違いは?詰め物・被せ物の種類
虫歯がC2以上になり、削る範囲が大きくなると、CRではなく型取りをして「詰め物」や「被せ物」を作ることがあります。
これらには、形や大きさによっていくつかの種類があります。
- インレー:奥歯の噛む面など、比較的範囲の狭い部分を補う「詰め物」です。
- アンレー:インレーよりも範囲が広く、歯の噛む面を覆うようにして作る、少し大きめの「詰め物」です。
- クラウン:歯全体をすっぽりと覆う「被せ物」です。王冠(クラウン)のような形をしていることから、こう呼ばれます。神経の治療をした後や、大きな虫歯で歯が脆くなってしまった場合などに用います。
どの種類になるかは、虫歯の大きさや場所によって歯科医師が判断します。
材質も保険適用の金属から、自費診療のセラミックまで様々ですので、それぞれのメリット・デメリットを聞いて、納得のいくものを選んでくださいね。
根管治療(こんかんちりょう)とは?歯を残すための大切な治療
虫歯がC3まで進行し、歯の神経にまで細菌が感染してしまった場合に行うのが「根管治療」です。
「歯の根っこの治療」「神経の治療」などとも呼ばれます。
これは、歯の内部にある、汚染された神経や血管が入っている管(根管)をきれいに洗浄・消毒し、再び細菌が入らないように薬を詰める治療です。
建物の基礎工事のように、非常に精密で根気のいる作業なんですよ。
この治療を丁寧に行うことで、本来であれば抜歯になってしまうような重度の虫歯でも、ご自身の歯を残せる可能性が高まります。
治療回数がかかり、少し大変に感じるかもしれませんが、ご自身の歯を一本でも多く残すための、非常に大切な治療なのです。
歯周病の診察で必ず耳にする重要キーワード
成人の約8割がかかっている、またはその予備軍であると言われるほど、私たちにとって身近な病気、それが「歯周病」です。
静かに進行するため「サイレント・ディジーズ(静かなる病気)」とも呼ばれます。
ここでは、歯周病の診察で使われる言葉を解説します。
歯垢(しこう)と歯石(しせき):似ているようで全く違うもの
この二つの言葉、よく混同されがちですが、実は全くの別物です。
歯垢は「プラーク」とも呼ばれ、その正体は生きた細菌の塊です。
白くネバネバとしていて、お料理で例えるなら、キッチンの排水溝のヌメリのようなもの、と想像していただくと分かりやすいかもしれません。
歯垢1mgの中には、約1億個もの細菌がいると言われています。
この歯垢は、毎日の歯磨きで取り除くことができます。
一方、歯石はその歯垢が、唾液に含まれるカルシウムなどによって石のように硬く変化(石灰化)したものです。
一度歯石になってしまうと、歯ブラシでは決して取ることができません。
表面がザラザラしているため、さらに歯垢が付きやすくなるという悪循環を生んでしまいます。
この歯石を取り除くのが、私たち歯科医師や歯科衛生士の専門的なお仕事なのです。
歯肉炎(しにくえん)と歯周炎(ししゅうえん):炎症の範囲が違います
どちらも歯周病の症状ですが、進行度が異なります。
歯肉炎は、歯周病の初期段階です。
歯垢が原因で、炎症が歯ぐき(歯肉)に限定されている状態を指します。
歯磨きの時に出血することがありますが、この段階であれば、丁寧なセルフケアと歯科医院でのクリーニングで健康な状態に戻ることがほとんどです。
歯周炎は、歯肉炎が進行し、炎症が歯を支えている骨(歯槽骨:しそうこつ)にまで広がってしまった状態です。
歯と歯ぐきの間の溝が深くなり(歯周ポケット)、骨が溶かされ始めます。
さらに進行すると、歯がグラグラしてきたり、歯ぐきから膿が出たりして、最終的には歯が抜け落ちてしまうこともある、恐ろしい病気です。
歯周ポケット:歯周病の進行度を測る「ものさし」
「チクチクしますね」「数字を読み上げます。3、2、3…」
歯科医院で、先のとがった器具を歯と歯ぐきの間に入れて、深さを測られた経験はありませんか。
あれが「歯周ポケット」の深さを測定している検査です。
健康な歯ぐきの場合、この溝の深さは1〜2mm程度です。
しかし、歯周病が進行すると、この溝がどんどん深くなっていきます。
一般的に、4mm以上になると歯周病が進行しているサインと判断されます。
このポケットの深さは、歯周病の進行度を知るための大切な「ものさし」の役割を果たしているのです。
SRP(エスアールピー):歯周病を改善する専門的なお掃除
SRPとは「スケーリング・ルートプレーニング」の略で、歯周病の基本的な治療法です。
「スケーリング」は、歯の表面や歯周ポケットの浅い部分に付着した歯石を取り除くこと。
「ルートプレーニング」は、ポケットの奥深く、歯の根(ルート)の表面にこびりついた歯石や汚染されたセメント質を除去し、表面をツルツルに磨き上げること(プレーニング)を指します。
先日、長年歯周病に悩まれていた70代の患者さんがいらっしゃいました。
数回に分けてこのSRPを行ったところ、「歯ぐきが引き締まって、口の中が本当にスッキリした。もっと早く来ればよかった」と、満面の笑みでおっしゃっていました。
歯周病の進行を食い止め、健康な歯ぐきを取り戻すための、まさに「縁の下の力持ち」のような治療です。
シニア世代とご家族に知ってほしい口腔ケア用語
私は常々「歯は“老後の資産”」だと患者さんにお伝えしています。
お口の健康が、全身の健康、そして豊かな人生に直結することを、特にシニア世代の方々とそのご家族に知っていただきたいと願っています。
口腔機能低下症(こうくうきのうていかしょう):お口の機能の衰えのサイン
「最近、食事の時にむせやすくなった」
「硬いものが食べにくくなった」
「口の中が乾きやすい」
このようなお口周りのささいな衰えを感じていませんか。
それは「口腔機能低下症」のサインかもしれません。
これは、加齢などによって、食べる、話す、呼吸するといったお口の機能が複合的に低下してくる状態のことです。
滑舌が悪くなったり、食べこぼしが増えたりといった症状も含まれます。
放置すると、栄養状態の悪化や、次に説明する摂食嚥下障害につながる可能性もあります。
気になるサインがあれば、ぜひかかりつけの歯科医師にご相談ください。
摂食嚥下障害(せっしょくえんげしょうがい):安全に「食べる」ための知識
「摂食」は食べ物を認識して口に取り込むこと、「嚥下」はそれを飲み込んで胃に送ることを指します。
摂食嚥下障害とは、この一連の「食べる」という動作が、何らかの原因でうまくいかなくなる状態のことです。
食べ物がうまく噛めない、飲み込む時にむせる、といった症状が代表的です。
私たち歯科医師は、お口の中の状態を整えたり、食べるための筋肉を鍛えるリハビリテーションを行ったりすることで、患者さんが安全に、そして楽しく食事を続けられるようサポートします。
誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん):口腔ケアが命を守る理由
私が「歯は老後の資産」と考える、最も大きな理由の一つが、この誤嚥性肺炎との関わりです。
誤嚥性肺炎とは、食べ物や唾液が誤って気管に入ってしまい、それに含まれる細菌が原因で肺に炎症が起きてしまう病気です。
特にご高齢の方や、寝たきりの方にとっては、命に関わることも少なくありません。
この誤嚥性肺炎を予防するために、最も重要で効果的なのが、日々の口腔ケアです。
お口の中を清潔に保ち、細菌の数を減らしておくことが、万が一誤嚥してしまった際のリスクを大きく下げてくれるのです。
ご家族や介護に携わる方々にも、ぜひこの重要性を知っていただきたいと思います。
まとめ:専門用語を「共通言語」にして、一緒に歯の健康を守りましょう
今回は、診察室でよく耳にする歯科の専門用語について解説しました。
- 虫歯治療では、進行度を示す「C1〜C4」や、詰め物の「CR」「インレー」「クラウン」、歯を残すための「根管治療」という言葉が出てきます。
- 歯周病治療では、原因となる「歯垢」と「歯石」の違いを理解し、「歯周ポケット」の深さで進行度を測り、「SRP」という専門的なお掃除で改善を目指します。
- シニア世代のケアでは、「口腔機能低下症」というお口の衰えのサインに気づき、「誤嚥性肺炎」を予防するための口腔ケアが非常に重要になります。
専門用語は、私たち医療従事者と患者さんをつなぐ「共通言語」です。
言葉の意味が分かれば、ご自身の体の状態や、これから受ける治療への理解が深まり、不安もきっと軽くなるはずです。
そして何より、もし診察中に分からない言葉が出てきたら、どうぞ遠慮なく「先生、今の言葉はどういう意味ですか?」と尋ねてください。
私たちは、その一言をいつでも待っています。
この記事が、あなたが安心して歯科治療を受け、ご自身の歯の健康を末永く守っていくための一助となれば、これほど嬉しいことはありません。