「もう2週間以上経つのに、この口内炎、全然治らない」
そんな経験はありませんか?私のクリニックにも、不安そうな表情でそう訴えていらっしゃる患者さんが少なくありません。52歳になった今も、毎週のように「これって癌じゃないですよね?」というご相談をいただきます。
はじめまして。神奈川県横浜市で歯科クリニックを営んでいる佐藤佳織と申します。歯学部を卒業して以来30年、数えきれないほどの患者さんの口の中を診てきました。その経験から言えることがあります。「2週間以上治らない口内炎は、放置しないでほしい」と。
多くの場合、それはただの口内炎です。でも、ごくまれに、深刻な病気のサインであることもあります。この記事では、「どんな状態が危ないのか」「癌の口内炎はどこが違うのか」「どこに行けばいいのか」を、できるだけわかりやすくお伝えします。不安を煽るためではなく、正しい知識を持って、必要なときに正しい行動をとっていただくために書きました。
目次
まず知っておきたい「口内炎の自然治癒」のしくみ
通常の口内炎はなぜ治るのか
私たちの口の中の粘膜は、とても旺盛な再生力を持っています。口腔粘膜の細胞は約10〜14日のサイクルで生まれ変わっており、この力によって、通常の口内炎は2週間以内に自然に治っていきます。
ほとんどの人が経験する「アフタ性口内炎」は、白くて丸い潰瘍が赤く縁どられた状態です。醤油やレモンがしみるような強い痛みがありますが、1〜2週間もすれば跡形もなく消えていきます。
では、なぜ2週間を過ぎても治らないことがあるのでしょうか。
- 何度も同じ場所を噛んでしまう(外傷性の刺激)
- 合っていない入れ歯や歯の尖った部分が当たり続けている
- 免疫が低下していてなかなか回復できない
- そもそも「口内炎」ではなく、別の疾患である
最後の「別の疾患」というのが、今回お話ししたいポイントです。
「2週間ルール」がなぜ重要なのか
日本耳鼻咽喉科学会は、「2週間以上治らない口内炎や口の中の異常がある場合には、必ず専門医を受診してください」と明確に呼びかけています(舌がん・口腔がんとは?|日本耳鼻咽喉科学会)。
この「2週間」は、単なる目安ではありません。本来なら治るはずの粘膜が治らないということは、「正常な再生のしくみがうまく働いていない」というサインだからです。その裏に、がんをはじめとする別の疾患が潜んでいる可能性を否定できないのです。
口内炎と口腔がん——何が違うの?
「口腔がん」とはどんな病気か
口腔がんとは、舌・歯ぐき・頬の内側・口の天井(口蓋)・唇の内側など、口の中にできる悪性腫瘍の総称です。その90%以上が「扁平上皮がん」という種類で、口腔内の粘膜組織から発生します。
国立がん研究センターによると、口腔・咽頭がんの罹患数は増加傾向にあり、2020年には22,052例が報告されています。以前は年間5,000〜8,000人とされていましたが、高齢化の進行に伴い近年は年間1万人規模に増加しているとの指摘もあります(口腔癌診療ガイドライン2023年版)。30年前と比較すると約3倍という増加ぶりです。
口腔がんの中でも特に多いのが舌がんで、部位別では全体の約47%を占めます。次いで下顎歯肉(18.4%)、上顎歯肉(11.9%)と続きます。好発年齢は50歳以降で、加齢とともに増加する傾向があります。
なぜ「口内炎だと思っていた」という事例が多いのか
口腔がんの初期症状は、実に口内炎によく似ています。どちらも「口の中の白っぽいただれ」「赤み」として現れるからです。なかには、「最初は口内炎だと思っていた」とおっしゃる患者さんが本当に多いのです。
では、どこが違うのでしょうか。以下の表に整理しました。
| 比較ポイント | 通常の口内炎 | 口腔がん(初期)の特徴 |
|---|---|---|
| 形 | 円形・楕円形、境目がはっきりしている | 不整形、縁がギザギザ、境目が不明瞭 |
| 色 | 中央が白〜黄色、周囲が赤い | 白い部分と赤い部分が混在(まだら) |
| 痛み | 強い痛みがある | 痛みがないことが多い |
| しこり | 柔らかい | 触ると硬いしこりがある |
| 経過 | 1〜2週間で自然に治る | 2週間以上たっても治らない・悪化する |
| 出血 | ほとんどない | 軽く触れただけで出血することがある |
この表を見ていただくとわかるように、最も大きな違いは「痛みがないこと」と「硬いしこり」の有無です。
口内炎は強く痛む一方、口腔がんの初期段階では痛みを感じないことが多いのです。これが「まあ痛くないし大丈夫だろう」という誤解につながり、受診が遅れる原因のひとつになっています。クリニックで患者さんに「しこりを触ってみてどうですか?」とお聞きすると、「言われてみれば、ここだけなんか硬い気がします…」とおっしゃることがあります。
自分で触ってみて、明らかに「ここだけ硬い」と感じる部分があったら、痛みの有無にかかわらず、専門医に診てもらってください。
こんな症状は要注意——危険なサインのチェックリスト
次の項目に1つでも当てはまる場合は、放置せずに受診することを強くお勧めします。
- 口内炎のような症状が2週間以上治らない
- 治りかけてはまた同じ場所に繰り返す
- 触ると硬いしこりやコリコリした感触がある
- 潰瘍の形が不規則で、縁がギザギザしている
- 舌や頬の一部が白っぽく変色し、こすっても取れない
- 鮮やかな赤い斑点・赤みが消えない
- 傷口から血が出やすい、または出血が止まりにくい
- あごの下や首のリンパ節が腫れて硬くなっている
- 舌が動かしにくい、滑舌が悪くなってきた
- 耳の奥まで響くような痛み(放散痛)がある
リンパ節の腫れは「転移」のサインである可能性もあるため、特に注意が必要です。発見時に頸部リンパ節への転移が認められる口腔がんの症例は全体の約25%に上ることが報告されています。
癌じゃないとしたら、他に何が考えられる?
「2週間以上治らない口内炎」の原因は、がんだけではありません。同じような症状を起こす疾患がいくつかあります。
口腔白板症(こうくうはくばんしょう)
口の中の粘膜に、こすっても取れない白い斑状の病変ができる疾患です。がんそのものではありませんが、「前がん病変」として位置づけられており、放置すると4〜17.5%の確率でがん化するとされています(東京女子医科大学 歯科口腔外科)。喫煙・飲酒・合わない入れ歯による慢性的な刺激などが原因とされています。自覚症状がないことも多く、定期的な歯科検診で偶然見つかることもあります。
口腔扁平苔癬(こうくうへんぺいたいせん)
口の粘膜に白いレース状・網目状の病変が現れ、びらんや潰瘍を伴うこともある慢性炎症性疾患です。40〜70代の女性に比較的多く見られます。原因は不明ですが、金属アレルギーやストレス、C型肝炎との関連が指摘されています。がん化率は約1%とされ、口腔白板症よりは低いものの、WHOでも「口腔潜在的悪性疾患」に分類されており、定期的な経過観察が必要です。
外傷性潰瘍
合っていない入れ歯・差し歯、尖った歯の角が同じ場所に当たり続けることで潰瘍が生じた状態です。原因が取り除かれれば治っていきますが、長期間刺激を与え続けることがそれ自体でがんのリスクを高めることもあります。
ベーチェット病や自己免疫性疾患に伴う口内炎
ベーチェット病(口腔内の再発性アフタが特徴のひとつ)など、全身性の自己免疫疾患の一症状として口内炎が繰り返されることもあります。繰り返し同じような口内炎ができる場合は、全身的な疾患との関連も視野に入れた受診が必要です。
口腔がんになりやすい人——リスク因子を知っておく
自分がどのくらいのリスクを持っているかを知っておくことは、早期発見につながります。
- 喫煙 最大の危険因子です。喫煙者は非喫煙者と比べて口腔がんの罹患リスクが約5倍以上に上昇するというデータがあります(国立がん研究センター)
- 飲酒 喫煙に次ぐリスク因子で、1日2合以上の飲酒者では罹患リスクが約3.8倍。喫煙と飲酒の両方を行う場合はさらにリスクが高まります
- 慢性的な刺激 合わない入れ歯、歯並びの悪さによる歯との接触など、長期間同じ場所に刺激が加わり続けることで粘膜ががん化しやすくなります
- 口腔内の不衛生 歯周病、虫歯、不適合な補綴物(かぶせもの)が放置されていると、口腔がんのリスクが高まります。2023年の研究では、歯周病罹患者は健康な歯肉を持つ人と比べて口腔がん発症リスクが約2倍に上ることも報告されています
- 年齢・性別 好発年齢は50歳代〜70歳代で、男性の方が女性より約1.5〜2倍多い傾向があります
- 前がん病変の存在 口腔白板症や口腔扁平苔癬などの前がん病変がある場合は、定期的な検査が不可欠です
受診の目安と、どこに行けばいいか
こんなタイミングで受診してください
- 口内炎ができて2週間たっても治っていない
- どんどん大きくなっている、または深くなっている
- 痛みがないのにしこりがある
- 上記のチェックリストに1項目でも当てはまる
「口内炎くらいで…」と遠慮することはありません。癌じゃなかったらそれで安心できますし、もし万が一異常があった場合でも、早期に発見できれば治療の選択肢が大きく広がります。
どの診療科を受診すればいいか
迷ったときは、以下のどちらかを選んでください。どちらでも最初の窓口として適切です。
- 歯科口腔外科(または口腔外科) 口の中の疾患全般を専門とする診療科です。がんが疑われる場合は、大学病院の口腔外科や専門病院へ紹介してもらえます
- 耳鼻咽喉科 口腔がんを含む頭頸部の疾患を扱います。日本耳鼻咽喉科学会では、「なかなか治らない口内炎でお悩みの方は耳鼻咽喉科へ」と呼びかけています(舌がん・口腔がん 何科を受診すればいいの?|日本耳鼻咽喉科学会)
大切なのは「まず受診すること」です。どちらに行っても、がんの疑いが強い場合は、適切な専門機関に紹介してもらえます。
かかりつけの歯科医院があれば、そこに相談するのも良い方法です。日常的に口の中を見ている担当の先生なら、「以前と何かが違う」ということにも気づきやすいのです。
受診したら、どんな検査が行われるか
初診時にはまず「視診」と「触診」が行われます。口の中を目で見て確認し、しこりや硬くなっている部分がないかを指で触れて調べます。
がんが疑われる場合は、CTやMRI、超音波検査などの画像検査が行われます。さらに確定診断のためには「生検(せいけん)」といって、病変の一部を採取して顕微鏡でがん細胞の有無を調べる検査が必要になります。
口腔がんのステージ(進行度)はⅠ〜Ⅳの4段階に分類されます。
| ステージ | 5年生存率の目安 |
|---|---|
| Ⅰ(早期) | 約80〜95% |
| Ⅱ | 約70〜80% |
| Ⅲ | 約40〜60% |
| Ⅳ(進行) | 約30〜50% |
早期発見・早期治療がいかに重要かが、この数字からも伝わるかと思います。
自分でできる口腔がんセルフチェックの方法
口腔がんは、他の多くのがんと違い、自分の目で確認できるがんです。日本口腔外科学会は、月1回のセルフチェックを推奨しています。
【準備するもの】 明るいライトと手鏡。入れ歯は外しておく。
【チェックの手順】
- 唇の内側 指で唇をめくり、赤みやただれ、できものがないか確認する
- 歯ぐき 上下の歯ぐきを丁寧に観察し、腫れや色の変化を見る
- 頬の内側 指で頬をひっぱり、内側の粘膜を確認する
- 舌の表と裏側、縁 舌を前に出し、左右に動かして側面も見る。特に側面(縁)は舌がんができやすい場所
- 口の天井(口蓋) 頭を後ろに傾け、鏡で確認する
- 口の底(舌の裏) 舌を上あごにつけて、舌の裏側を確認する
【こんなものを見つけたら要注意】
- 白い、あるいは赤い部分がある(こすっても取れない)
- 境目があいまいなしこりや腫れ
- 触ると硬い部分がある
- 形が不規則なただれや潰瘍
- 出血しやすい部分がある
予防のために、今日からできること
口腔がんを完全に防ぐことはできませんが、リスクを下げるための習慣はあります。
- 禁煙・節酒に取り組む
- 歯磨きをしっかり行い、口の中を清潔に保つ
- 合わない入れ歯や尖った歯の角があれば、早めに歯科で対処する
- 半年に1回は歯科定期検診を受ける(その際に口腔がんチェックも依頼できます)
- 月1回のセルフチェックを習慣にする
私がいつも患者さんにお伝えしているのは、「歯は老後の資産」という言葉です。これは単に歯を残すという意味だけではなく、口腔内の健康全体を守ることが、人生の後半を豊かに過ごすための土台になるということです。口腔がんも、定期的な検診と日々のセルフケアで、早期発見できる可能性が大きく高まります。
まとめ
口内炎が2週間以上治らない場合、ほとんどのケースでは癌ではありません。しかし、決して「様子を見ていればそのうち治る」と放置してよいものでもありません。
大切なポイントを振り返ると、次の通りです。
- 通常の口内炎は1〜2週間で自然に治る。2週間を超えたら専門医への相談を
- 口腔がんの初期症状は「痛みがない」「硬いしこり」が特徴で、口内炎との区別が難しい
- 口腔がん以外にも、白板症・扁平苔癬など「前がん病変」と呼ばれる疾患があり、いずれも放置は禁物
- 喫煙・飲酒・口腔内の不衛生・慢性刺激がリスクを高める
- 受診先は歯科口腔外科または耳鼻咽喉科。どちらでも最初の相談窓口として適切
- 口腔がんは早期発見で生存率が大きく変わる。ステージⅠならば5年生存率は約80〜95%
「自分だけ心配性なのかな」と思う必要はありません。受診して「異常なし」だったら、それはそれで本当に安心できます。少しでも「いつもと違う」と感じたら、ためらわずに受診してください。



