「最近、口のにおいが気になるようになった」「マスクの中がなんだか臭い…」

そんな悩みを抱えて来院される患者さんが、50代に入ってから急に増えるのを、私は長年の診療の中で実感しています。そして多くの方が共通して口にすることがあります。「胃が悪いせいかと思っていました」「腸の調子が悪いから内科に行くべきか迷っていて…」と。

はじめまして。横浜市で予防歯科専門のクリニックを開業している歯科医師の佐藤佳織です。東京医科歯科大学を卒業後、一貫して「歯と全身の健康のつながり」を追い続けてきました。今回は、50代からの口臭についてお伝えしたいと思います。

結論からお伝えすると、口臭の原因の8割以上はお口の中にあります。内臓の不調が原因になることはもちろんゼロではありませんが、それはごくわずかな割合です。ほとんどの場合、お口の中で起きている三つのトラブル——「歯周病」「舌苔(ぜったい)」「ドライマウス(口腔乾燥)」——が組み合わさって口臭を引き起こしています。

この記事では、50代からの口臭がなぜ強くなるのか、何が原因で、どう対処すればよいのかを、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。

なぜ「内臓のせい」と思い込んでしまうのか

「口臭=胃や腸が悪いサイン」という認識は、日本で昔から根強くあります。実際に患者さんからも、「胃薬を飲み始めてから気になっていた」「消化器系に問題があるんじゃないか」という声をよく聞きます。

確かに、糖尿病(甘酸っぱいアセトン臭)、肝硬変・肝がん(魚の臓物のような臭い)、腎不全(アンモニア臭)など、全身疾患が口臭として現れることはあります。ただ、これらはいずれも非常に特徴的な臭いで、かつ病気がかなり進行した段階で現れることがほとんどです。

には、公益社団法人 日本口腔外科学会も「病的口臭の90%以上は口の中にその原因がある」と明示しています。つまり、10人が口臭を訴えたとしたら、9人以上はお口の中のトラブルが原因なのです。

この事実はまだ十分には知られていません。「口のにおいが気になる」と感じたとき、内科や消化器科ではなく、まず歯科医院を受診してほしいと私は強く思っています。

50代で口臭が強くなりやすい理由

40代までは気にならなかったのに、50代に入ってから急に口臭が気になり始めた——そういう方は珍しくありません。その背景には、この年代特有のいくつかの変化があります。

加齢による唾液量の低下

健康な成人は1日に約1〜1.5リットルの唾液を分泌しています。唾液には、細菌を洗い流す「自浄作用」、細菌の増殖を抑える「抗菌作用」、口の粘膜を保護する作用などが備わっています。いわば口の中の「天然の洗浄液」です。

加齢とともに唾液腺の機能が低下し、この唾液量が徐々に減っていきます。すると口腔内が乾燥しやすくなり、細菌が増殖しやすい環境が生まれます。これが口臭の大きな温床になります。

更年期によるホルモン変化(特に女性)

女性は50代前後に更年期を迎え、女性ホルモンの一種であるエストロゲンの分泌が急激に減少します。エストロゲンは唾液の分泌にも関与しているため、その減少が口の乾燥を加速させます。また、更年期のストレスや睡眠の乱れも自律神経に影響し、唾液の分泌をさらに抑制します。

服薬の増加

50代になると、高血圧、コレステロール、骨粗しょう症などの薬を日常的に服用する方が増えます。降圧剤、抗うつ薬、抗ヒスタミン薬などには、唾液の分泌を抑える副作用があるものが少なくありません。薬そのものが悪いわけではありませんが、唾液量の低下という間接的な影響で口臭リスクが高まります。

嗅覚の鈍化

加齢とともに嗅覚の感度も少しずつ低下していきます。自分の口のにおいに「嗅覚疲労(順応)」が起きやすくなるため、強い口臭があっても本人は気づかないまま、周囲の方を不快にさせているケースもあります。

原因の8割を占める「大人の三大口腔トラブル」

では、具体的に何がお口の中で起きているのでしょうか。50代の口臭の原因を大きく占めているのが、以下の三つです。

第一のトラブル:歯周病

歯周病と口臭の深い関係

歯周病とは、歯を支える骨や歯肉が細菌によって破壊されていく感染症です。令和4年(2022年)の厚生労働省「歯科疾患実態調査」によると、15歳以上の47.9%が歯周ポケット4mm以上の歯周病を抱えており、45歳以上では過半数に上ります。50代は、歯周病の有病率が最も高まる年代のひとつです。

歯周病が深刻なのは、その口臭の強さです。歯周病菌(嫌気性菌)は、歯周ポケットの中でタンパク質を分解する際に「揮発性硫黄化合物(VSC)」というガスを発生させます。この中でも特に「メチルメルカプタン」という成分は、舌苔由来の口臭と比べて6倍もにおいが強いとされています。腐ったタマネギのような刺激的なにおいで、マスクをしていても周囲に気づかれるほど強烈です。

歯周病の「静かな進行」が怖い

歯周病の最も恐ろしいところは、初期〜中期の段階ではほとんど痛みがないことです。気がついたときには相当進行していた、というケースが非常に多い。「歯磨きで少し血が出るな」「歯茎が腫れているかな」という段階でも、すでに歯周ポケットの中に大量の細菌が潜んでいることがあります。

以下に、歯周病を疑うサインをまとめました。

  • 歯磨きのときに歯茎から出血する
  • 歯茎が赤く腫れている、またはぶよぶよしている
  • 口の中がネバネバする、または苦い味がする
  • 以前より歯が長く見える(歯茎が下がってきた)
  • 歯がグラついてきた感じがある

これらの症状がひとつでも当てはまる方は、早めに歯科を受診してください。歯周病は、適切な治療とセルフケアで改善できる病気です。

歯周病は全身の病気とも関係する

近年の研究では、歯周病が糖尿病の悪化、動脈硬化、心疾患、アルツハイマー型認知症のリスクとも関連することが明らかになっています。口腔の健康が全身の健康に直結するという観点からも、歯周病の早期対処は非常に重要です。

第二のトラブル:舌苔(ぜったい)

舌苔とは何か

舌苔とは、舌の表面に白っぽくまたは黄色みがかって付着している汚れのことです。鏡で舌を出してみたとき、白い苔のようなものがびっしり付いていたら、それが舌苔です。

舌の表面には「舌乳頭(ぜつにゅうとう)」という小さな突起が無数にあり、その間の溝に、はがれた口腔粘膜の細胞・食べかす・細菌・唾液中のタンパク質などが蓄積してできるのが舌苔です。

舌苔は最大の口臭発生源

舌苔は「最大の口臭源」とも呼ばれています。日本歯科医師会(テーマパーク8020)によると、口臭の約6割は舌苔から発生しているともされています。

舌苔に生息する嫌気性菌が、蓄積したタンパク質を分解することで、硫化水素(温泉卵のようなにおい)やメチルメルカプタンといった揮発性硫黄化合物を発生させます。これが口臭の主要な発生源です。

なぜ50代で舌苔が増えやすいのか

舌苔は誰にでも多少はあるものですが、加齢とともに増えやすくなります。理由は主に三つです。

  • 唾液量が減ることで舌の汚れが洗い流されにくくなる
  • 軟らかいものを食べる機会が増え、咀嚼による舌の自然なクリーニングが減る
  • 口呼吸や薬の副作用で口の中が乾燥しやすくなる

健康な舌はピンク色で、うっすらと白い程度です。舌全体が白くなっていたり、黄色く厚みがある場合は要注意です。

舌苔のケアは「やさしく・適度に」

舌苔のケアには舌ブラシを使うのが効果的ですが、やり過ぎに注意が必要です。強くこすると舌の粘膜を傷つけ、かえって細菌が増殖しやすくなります。舌ブラシを使う場合は、1日1回(朝の歯磨き時)、舌の奥から手前に向かってやさしく数回なでる程度で十分です。

第三のトラブル:ドライマウス(口腔乾燥症)

口が乾くと口臭が起きるメカニズム

ドライマウスとは、さまざまな原因により唾液の分泌量が減り、口の中が慢性的に乾燥した状態のことです。大阪歯科大学附属病院によると、ドライマウスは若年者では少ないものの、50歳以上で急増し、日本では数百万〜数千万人いると推測されています

唾液には細菌を洗い流す自浄作用と抗菌作用があります。唾液が減少するとこれらの作用が低下し、口腔内に細菌が増殖しやすくなります。その結果、舌苔が厚くなり、歯周病も悪化しやすくなります。ドライマウスは口臭の「増幅装置」のような役割を果たしているのです。

ドライマウスのセルフチェック

以下の症状が2つ以上当てはまる場合、ドライマウスの可能性があります。

  • 口の中がネバネバして話しにくいと感じることがある
  • 水なしでは乾いたものが飲み込みにくい
  • 夜中に口が渇いて目が覚めることがある
  • 朝起きたとき、口の中が非常に不快な臭いがする
  • 口内炎が頻繁にできる
  • 口の中がよく乾いて、不快に感じる

ひとつでも思い当たる方は、ドライマウスを疑ってみてください。

50代がドライマウスになりやすい理由

ドライマウスになりやすい要因を整理すると、以下のようになります。

要因具体的な内容
加齢唾液腺機能の自然な低下、咀嚼力の低下
更年期エストロゲン減少による唾液量低下(特に女性)
服薬の副作用降圧剤・抗うつ薬・抗ヒスタミン薬など
ストレス・睡眠不足自律神経の乱れによる唾液分泌抑制
口呼吸睡眠中の口呼吸で口腔内が乾燥
喫煙・過剰な飲酒ニコチンやアルコールが唾液腺の活動を抑制

「胃が原因」と判断してよいケース

ここまで読んでいただいて、「でも自分は胃が悪いせいだと思う…」と感じている方もいるかもしれません。念のため、全身疾患が口臭の原因になるケースについてもお伝えしておきます。

全身疾患由来の口臭が疑われるのは、以下のような特徴的なにおいがある場合です。

  • 甘酸っぱいにおい(アセトン臭):糖尿病のコントロールが悪化しているサインの可能性
  • アンモニア臭(魚のような臭い):腎機能の問題が疑われる
  • 肝臓のような独特のにおい:肝機能の異常が疑われる

これらの臭いは一般的な歯周病や舌苔の臭いとは明確に異なります。「なんかいつもと違う、特殊な臭い」と感じた場合は、内科や消化器科への受診も検討してください。ただし繰り返しますが、こういったケースは全体のごく一部です。

今日から始められる口臭対策

口臭の原因のほとんどがお口の中にあるということは、逆に言えば、正しいケアを続けることで改善できるということです。すぐに取り組めるセルフケアをご紹介します。

基本のオーラルケアを見直す

ケアの種類ポイント
歯磨き1日2〜3回、歯と歯茎の境目・歯の裏側を丁寧に磨く
デンタルフロス・歯間ブラシ歯と歯の間の汚れは歯磨きだけでは落ちない。1日1回の使用を習慣に
舌ブラシ朝1回、奥から手前へやさしくなでる
うがい・マウスウォッシュ一時的な清涼感はあるが、歯周病や舌苔の根本的なケアにはならない。補助的に使う

唾液を増やす生活習慣

  • 食事のとき、よく噛んで食べる(唾液腺が刺激されて分泌が増える)
  • キシリトール入りのシュガーレスガムを噛む
  • 水やお茶(カフェインなし)をこまめに飲む
  • 口呼吸を意識的に鼻呼吸に切り替える
  • ストレスをため込まず、質の良い睡眠を確保する

唾液腺マッサージを取り入れる

三大唾液腺(耳下腺・顎下腺・舌下腺)をマッサージすることで、唾液の分泌を促せます。

  • 耳下腺マッサージ:耳の前あたりに人差し指〜薬指を当て、ほほに沿って後ろから前に向かって円を描くようにやさしくマッサージする
  • 顎下腺マッサージ:顎の内側のやわらかい部分を、親指でやさしく押し上げるようにする
  • 舌下腺マッサージ:顎の先端から舌の付け根に向かって、ゆっくり押し上げるようにする

食前に行うのが効果的です。1日2〜3回、無理のない範囲で続けてみてください。

歯科で相談できること、できないこと

セルフケアで改善しない場合、あるいは歯周病が疑われる場合は、歯科医院での対応が必要です。

歯科でできること

  • 歯周病の検査・診断・治療(歯石除去・スケーリングなど)
  • 口腔内全体のクリーニング(プロフェッショナルケア)
  • 舌苔の状態確認・適切なケア指導
  • ドライマウスの原因探索と対策相談
  • 口臭の測定(口臭検査機器を持つ歯科医院も増えています)

歯科での対応の限界

一方で、全身疾患由来の口臭や、服薬の副作用によるドライマウスについては、歯科単独での対処には限界があります。服薬中の方は主治医への相談も必要ですし、全身疾患が疑われる場合は内科・消化器科・耳鼻科等への紹介が必要になることもあります。歯科と医科が連携して対処することが大切です。

まとめ

50代からの口臭について、今回お伝えしたポイントをまとめます。

  • 口臭の原因の8割以上はお口の中(歯周病・舌苔・ドライマウス)にある
  • 「内臓のせい」と思い込んで放置してしまうのが最大のリスク
  • 50代は歯周病の有病率が特に高く、かつ自覚症状が出にくい
  • 唾液量の低下が舌苔やドライマウスを悪化させ、口臭を増幅させる
  • 正しいオーラルケアと定期的な歯科受診で、口臭は改善できる

私が診療の中でいつも感じているのは、「早く来てくれさえすれば」という思いです。口臭が強くなってきたと感じたら、まずお口の中を見直すことから始めてください。恥ずかしいことなど何もありません。歯科医院は、そういった悩みを一緒に解決していく場所です。

「歯は老後の資産」というのが私の変わらない持論です。今からでも遅くはありません。定期的なメンテナンスで、自信を持って話せる毎日を取り戻しましょう。